昭和56年作 六代目東作やまべ竿

先代の頃よりお取引戴いているお客様(後期高齢者?)から、昨日、昭和56年に製作された六代目東作 松本三郎作のやまべ竿を見せて戴きました。
久しぶりに艶(いろけ)を感じる竿を持たせて貰いました。
ただ、ただ お見事!!!と言う他ありませんでした。


尺八寸切り 矢竹九本並継 二本仕舞 削穂先 全長丈三(3.9m)本象牙竿尻付淡竹手元 やまべ竿


今となっては貴重な小節淡竹手元と、丸く節が低い極上矢竹素材


二本仕舞ならではのこの「中仕舞い」!!!
丸く低い節でないとこうはいきませんね。お見事の一言です。

先代から「江戸和竿師の上手い下手はやまべ竿を見ると判る」と教えられました。
今では考えられませんが、1970年代後半から90年代まで盛んにやまべ釣りが行われていました。
全国で琵琶湖産鮎の放流が盛んに行われた時期と重なりますが、放流鮎に混じってやまべも相当数放流され、各メーカーが全国大会を各地で開催していたのです。
その時に使用される竿は軽量のカーボン竿で、すでに和竿の出番は無くなっていましたが、それ以前から和竿を使い津山籠や籠寅やまべ籠を首から下げて、立ち込んで多くの釣り人が数釣りを愉しんでいました。
軽い仕掛けで一日中振り込みますので、柔らかい「胴調子」でないと振込めません。「込み」はしっかりしていないと継ぎが緩んで釣りになりませんし、手持ちですから竿全体が軽くないと使いきれません。
海川竿問わず、竿師泣かせの竿です。そして仕舞いのお作法は「二本仕舞」ですから、竿師は技術に加えて、竹を持っていないと話になりません。
竿師としてやまべ竿づくりは、総合的な職人力を問われる仕事なのです。

この竿を継いだときに、ふと思い出したのが「俊行」のやまべ竿でした。
当店は、当時江戸和竿組合に加盟している東作系竿師の竿はほとんど扱っておりませんでしたが、唯一「俊行」と「竿治」は扱っており、高価でしたが「俊行」やまべ竿を数多く販売しておりました。その竿とダブったのです。

一昨年江戸和竿組合に入会した若手三人(小春/竿ます/竿貴)は、やまべ竿はほとんど見たこともないし、継いだこともないと思います。
これが「削り穂先」、これが矢竹並継の「込み」だという教科書みたいな竿を後世に残し、彼らに見せることが、三代目店主の「お仕事」かなと思った土曜日でした。