【 沿 革 】
当店は私の祖父である、故 関 芳治 が現在の北区十条で道具屋として創業致しました。
関東大震災後に北区王子に移転し、生餌販売も始め専業の釣道具屋として営業するようになりました。
創業は大正7-8年頃かと思われますが、確かな記録が無いため2代目店主である父 故 関 一 の記憶で「関釣具店」を屋号として営業していた昭和8年を創業年とさせて戴いております。
昭和36年に文京区窪町(現大塚3丁目)に移り、海・川釣りを問わず、がまかつ/ダイワ精工(現グローブライド社)/ABU製品等の各種釣具を幅広く取り揃え、総合釣具店として「大塚の関」の名で釣りを愛する多くの方々からお引き立てを戴いておりました。
創業65周年にあたる平成10年12月に、二代目店主である故関 一の長年の夢である「和竿専門店」へと全面改装し、リニューアルオープン致しました。
川のたなご竿から磯の石鯛竿までの和竿、そして和竿製作のための各種専用工具、竹素材、部材、これに加えて職人により製作された水箱、竹籠、糸巻等、当店オリジナルの手作り釣具を数多く取り揃えました。
全国の和竿ファンの方々から厚いご支持を戴き、多くの方々にそして遠い処からもご来店を賜り、お引き立てを戴いておりましたが、先代店主がリニューアルオープンの6ヶ月後に亡くなりました。享年72歳でした。
平成23年3月の東日本大震災後、建物老朽化の問題もあり、創業80周年を半年後に控えた平成24年(2012年)5月に現在の地、千川通り(小石川/現在は暗遽)沿いの湯立坂下に移転を致しました。移転・改装に際しては、先代の遺志を受け継ぎ、従来の和竿に加え【江戸前の釣り】に拘った品揃え、「和」の店づくり、店内に居るだけで愉しくなる造作を心掛けました。
先代は日・月・火の3日間を定休日とし、「好きな釣りをやらずして何の人生か、釣道具屋か!」と、晴れれば伊豆の下田に、外房大原にと出掛け、荒天の日は朝から日本碁院や人形町の碁会所で一日を過ごしておりました。因みに腕前は日本碁院4段でした。
(実はゴルフも熱心で、オフィシャルHCは15でした)
先代の後を引き継ぎはしましたが、諸事情により19年間土曜日のみの週一日営業で「日本一休みの多い釣道具屋!」と、ご贔屓からはあたたかい嫌味を言われ続けて参りました
そして平成30年4月からは心を入れ替え、汚名を返上すべく先代と同じく日・月・火曜日の3日間を定休日とし、週4日間営業で家業である釣具店を続けることと致しました。
相変わらず休みは多いのですが 「心を入れ替えた真面目な釣道具屋」としてお引き立て戴ければ幸いでございます。
【 営業コンセプト 】
先代は「釣りは道楽である」が口癖で、釣りをレジャーや趣味ではなく、道楽として捉えておりました。
趣味か道楽かで、釣りの世界はその景色を全く変えてしまいます。
「趣味」は明るく健康的で、オープンな響きがあります。これに対して「道楽」は、何か後ろめたさや怪しい響きがあり、隠微な雰囲気が漂います。実際に履歴書に釣り/ゴルフを趣味と書くことはあっても、敢えて「道楽」と書く方はおられません。
そして、趣味で家族を泣かせ、身代を潰すということは余り聞きません。しかしながら「道楽」は着道楽、食道楽という言葉があるように、昔から「道楽」が原因で財産を無くし、家族を路頭に迷わせる事はそんなに珍しいことではなかったようです。
やたら明るく、アウトドアスポーツとしてのファミリーフィッシングで家族サービスに励む健全なパパさんたちや、其の日の釣行費用を釣った魚の数で割って「近所のスーパーで買った方が安かった!」と、嘆く不粋なつり人を当店は間違っても応援致しません!!!
心の中で「スーツ姿で恥ずかしい」と思いながら、昼食代をうかすために勇気を奮って女子高生や親子連れに混じってマクドナルドのカウンターに並ぶオジさんや、買いたいスニーカーや彼女とのデートを我慢して、「年に1本は和竿を買うぞ!」と誓っている健気で将来有望な若者、そして棺桶に入れるべき三途の川で使う江戸和竿や閻魔様への手土産にする釣道具を品定めしている年老いた不健康なつり人を、当店は心から、真面目に応援させて戴きます。
因みに先代の葬儀で、棺桶には愛用の竿かづ特撰の真鮒竿、竿松/東甚のしゃくり竿(いずれもセミ鯨穂先)、そして箱孝の餌箱・水箱を納めました。葬儀屋からは竹は爆ぜて骨が散乱するとか、ガイド・シートは燃え残って汚いからと大反対されましたが、「ええーぃ、ウルセイやい!溶けたガイドが骨に付いたらつり人としては本望だ!!」と訳の分らぬことを葬儀屋に言い放って強行です。
昔はどの街にもあった金物屋・八百屋・魚屋など「XX屋さん」と呼ばれる個人商店が、今では大手スーパーや24時間営業のコンビ二に押されています。どの業界でも小資本の、家族経営の「小商い」が消えかかり苦戦をしています。
これは釣具業界も例外ではありません。メーカー系列の大手ディスカウントショップや中古釣具販売チェーン店が釣具店の主流です。
その中で、当店は他店には無いオリジナル製品を数多く取り揃え、当店ならではの一味違った、ユニークな店作りをして参ります。そして、多くのつり人に愛される【昔ながらのよき釣道具屋】であり続けたいと思います。
江戸の昔より、東京では「小料理」「小脇に」「小腹が」等の言葉に見られるように「小さいこと」を愛で、好しとする独特の価値観・文化があります。
当店は【釣りは道楽】を営業コンセプトとして、「小粋」な遊び心溢れる釣道具を各種取り揃え、釣道具専門店ならではの視点と価値観で【江戸和竿のある釣り風景】を「絵になる釣り風景」をご提案申しあげます。
【江戸和竿のある釣り風景】- 店主のこだわり -
近年、釣り方そして釣道具も大きく変わりました。
例えば、夏の風物詩である鮎の友釣りです。新素材の開発により、竿は驚くほど軽量になり、全長が10mを超えながら片手で持てる長竿が登場し、友釣りのフィールドが大きく広がりました。
しかしながら、この広がった鮎釣りのフィールドで、和竿を肩に担ぎ、笠を被って河原を歩く釣り人の姿を見ることは出来ません。
矢竹・淡竹の新子を使い、竿師の伝統技術と知恵を駆使して軽量化を図り、製作された鮎竿の出番は無く、鮎釣りにおける和竿は完全に姿を消しました。
釣道具屋としては、一抹の寂しさを感じますが、これも時代の流れ、消える釣りもあれば、昔ながらの道具立てで多くの釣り人に愛され続け、今もファンを増やしている釣りもあります。
例えば、たなご釣り・小鮒釣り、そして鯊釣りが良い例です。
たなご仕掛けは昔ながらの極小唐辛子の親うきと水鳥羽根を使った連動しもり仕掛けです。竿も昔ながらのお作法で作られた6寸切矢竹並継セミ穂先の脈竿、8寸切矢竹並継の真竹削り穂のしもり竿で、渓流小継竿やへら竿を転用したカーボン竿では決して出せない調子、釣趣を愉しむことが出来ます。
江戸和竿が釣り風景のど真ん中に、でぇーーんと構えていながら脇に置く餌箱やビクがプラスティクで、取り出した仕掛巻きがペラペラの発泡スチロール製では全く絵になりません。
江戸和竿には江戸和竿に相応しい小道具があり、道具立てがあります。釣道具を入れて担ぐ合財箱、そして水箱・竹篭・餌箱・糸巻に竿袋、これらにも先人たちの知恵と遊び心が溢れています。
当店はそんな【江戸和竿のある釣り風景】を多くの職人たちと一緒になって創って参ります。
古き良き時代を懐かしみ、伝統を頑なに守るだけでは単なる懐古趣味です。現代のつり人に支持され、そして先人たちの知恵を生かし、常に進化し続ける伝統の和竿による 【江戸前の釣り】 をご提供する事が当店の使命だと考えています。
今後ともお引き立てのほど、宜しくお願い申し上げます。
三代目店主 関 誠
●和竿御誂え承ります。お気軽にご相談下さい。
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