【 和竿とは 】 - 竹竿と和竿 ー
釣りは有史以来、極めて早期から行われた行為であり、その為の道具である釣具は人類が作り出した道具の中でも最も古きに属するものの一つです。
そして、その釣道具は各地の歴史・文化と深く関わりながら発展して参りました。神話にもその記述があり、釣りに纏わる昔話や諺が数多く語り継がれていることからも判ります。
特に、わが国では「詫び」「寂び」に代表される日本文化と深く結び付き、世界でも例を見ない独自の「日本の釣り」が形成され「遊興として質の高い釣り文化」が長い時間をかけて確立されました。
この「日本の釣り」を支え、釣りを「文化」までに発展させてきたのが、わが国の特産品である竹/漆/絹糸により製作された「和竿」の存在であります。
魚を釣る道具としての高い機能に加え、日本独特の繊細な加工が施され、工芸品としても海外から高い評価を得ています。
天明年間(1781年~1789年)に江戸における和竿づくりは専門職人である竿師により「江戸和竿」として確立されました。
この伝統を受け継ぎ「江戸和竿」は、昭和59年に東京都の伝統工芸に指定され、平成3年には通産大臣により国の伝統工芸に認定されております。
竹を材料にして作った釣竿を「和竿」とは呼びません。これは「竹竿」と言います。竹竿と和竿は違います!
専門の和竿職人が創意・工夫を凝らし、先人達から受け継いだ卓越した技術を駆使し、日本古来の部材を使い製作した釣竿のみを「和竿」と呼びます。
素性の良い竹でダメな竹竿は出来ますが、素性の悪い竹で、良い和竿は出来ません。素晴らしい和竿は素晴らしい竹と卓越した技術を有する和竿職人からしか生まれないのです。
【 道具としての和竿 】 - 釣趣を求めて ー
伝統工芸品に加え、本来の魚を釣る道具としての和竿には今日の最新技術/素材により製造された釣竿を超える機能を数多く有しています。
例えば、たなご釣りの脈竿は「あたり」を直接感じ取る必要から先調子としますが、単に硬い穂先ではダメで、バラシを防ぐ必要から柔らかく食い込む穂先が求められます。この矛盾した機能を両立するのが、繊維が細くしっかりとした背美鯨の髭で作られた鯨穂です。同じ理由から、かわはぎ竿やきす竿の穂先にも背美鯨や鰯鯨の髭で作られた穂先が使われます。
これは「あたり」がでる直前に見られる「前あたり」所謂、「もたれ」を和竿が敏感に拾うからに他なりません。
最上質の布袋竹を使って製作される石鯛竿においても和竿ならではの機能を見る事が出来ます。
荒波に洗われる磯場は、決して和竿に適している釣り場ではありませんが、一旦石鯛が掛かると和竿独特の粘りにより、根の中に入りこもうとする魚の動きを抑え、和竿をも持っているだけで、引き抜く事が出来ると言われます。よく使われる表現ですが「魚が浮いてくる」という状態になります。この機能において自然の素材である竹を超えるものはありません。
しかしながら、詳細に科学的に分析された資料は無く、力学的にこれらを説明するのは難しいのですが、多くの釣り人が実際に経験し、実感されていることであります。
これは、鯨髭の細くてしなやかな繊維や竹独特の節、根本から先端まで通っている長い繊維が大きく作用しているは間違いありません。これらは決して人工的には造りえない自然素材ならではのものです。
和竿は伝統工芸品である前に魚を釣る道具であり、使って初めてその和竿の価値が判るのです。
和竿に限らず水箱・合財箱などの釣道具を実際に使用することを、道具に「水を見せる」という言い方をします。おそらく海外にはこのような言い回しは存在しないと思います。此処にも日本独特の価値観・物差しがあるように思えてなりません。
そして対象となる魚の重さやサイズはなく、魚種により竿/鈎等を揃えるのは日本だけです。仮に5〜7cmサイズの魚を釣る時に、魚種をたなご/小鮒/ヤマベ/稚鮎/鯊とすると使う竿/鈎/仕掛けは全て異なります。
海外では何ポンドの魚、要は重さとサイズで竿/鈎/糸を決めます。そこには繊細な「釣趣」という概念は無いのです。これも日本独特の釣り文化を構成する重要な要素になっています。
和竿はその価格を問わず、同じ竿師により製作されたものでも、二つと同じものはありません。手元の曲がり具合、シミの一つ一つがその和竿の個性です。
道具として卓越した機能を有し、個性溢れる素晴らしい和竿を握るとき、釣り人に生まれた喜びを必ずや実感して戴けるものと確信を致しております。
竹/漆/絹糸などの自然素材が持つ機能が、竿師により極限まで引き出され、丹精込めて作られた和竿には職人の技と釣り人の遊び心が溢れています。
【 独り言 】 - 素晴らしき江戸和竿職人たち -
和竿は高価で壊れやすく、一部の愛好家だけの釣道具というイメージがありますが、これは当店の様に和竿を専門に扱う釣道具屋にとっては、非常に迷惑なお話です。
これは今までに、和竿に関する情報が極端に少なく、適切な説明がなされていなかったことが大きな原因です。これは和竿を提供する側、とりわけ釣具店の怠慢であると考え深く反省をしております。
竹竿では無く、和竿を製作する工程はすべて手作業になります。よってその製作原価の大半が手間賃(人件費)です。
当店が扱う江戸和竿の代表格であるたなご竿の標準価格は、8寸切矢竹5本並継1mで¥40,000~¥50,000です。時給をコンビニのパート並みと考えて¥1,000とし、単純にこれで割ると40時間から50時間、一日8時間として5〜6日分の手間賃となります。
職人と呼ばれる大工さんや左官屋さんなら一日の手間賃は¥20,000〜¥25,000前後ですから約2日分です。
この時間で、この価格で江戸和竿一本が出来ると思いますか?
それも材料費込みの価格です。ご自身の給与、時給と比べてみて下さい。正直安いと思います。
具体的に数字を並べて比較すると、大量生産されているメーカー品の価格がいかに高いかがご理解戴けると思います。
伝統工芸に拘わらず、職人と呼ばれる職業はどの世界でも高齢化が急速に進み、後継者問題は年々深刻さが増しています。
後継者不在は和竿の世界も例外ではありません。江戸和竿師の集まりである江戸和竿組合の新年会には、四代目竿忠こと中根喜三郎会長からご案内状を戴き毎年出席させて戴いておりますが、そのメンバーは殆ど変わっていません。
当店は釣道具屋で、竿師ではありませんが、和竿を扱う釣道具屋の立場からこの素晴らしい、日本独自の「釣り文化」を次世代に伝えていきたいと強く願っています。
和竿なくして日本の釣り文化はあり得ません。釣り風景のど真ん中に和竿があってこそ、初めて「絵になる釣り風景」が生まれてくるのです。
その和竿を製作する真の和竿師を、当店は釣道具屋として全力で応援して参ります。
六代目東作と並び評され人気を二分する【竿かづ工房】、東作一門の作風を忠実に今に伝え、「髭の東作」こと四代目東作の孫弟子にあたる【正勇作】、故四代目竿冶の指導を受けた新進気鋭の【竿貴】、故竿しばに通い弟子として10年の修行を積んだ【竿ます】 彼等素晴らしき江戸和竿職人たちが製作する江戸和竿を取扱い、「江戸和竿の釣り文化」を「絵になる釣り風景」を多くの方々にご提案して参ります。
是非とも、ご期待下さい!!
文責 三代目店主 関 誠
参考文献
- 「世界大百科事典」
- 平凡社刊
- 「江戸和竿」
- 東京釣用品協同組合/東京和竿睦会刊
- 「日本釣具大全」
- 笠倉出版社刊
●和竿御誂え承ります。お気軽にご相談下さい。
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